記憶と記録

2014-03-25

 私が堺北診療所に来てから15年が過ぎました。最近は診療所の近くを歩くと、よく患者さんから挨拶されます。ところが顔は覚えているのに名前が出てきません。「こんにちは。お元気そうですねー・・・」と、挨拶する間に記憶をフル回転して名前を思い出すようにします。しかし実際はほとんど思い出せません。「ところで先生、この前の検査の件ですが・・・」とか聞かれようものなら、いい加減な返事は出来ません。そこで「また診療所で詳しくお話しましょう」と、すばやく立ち去るようにしています。私は患者さんとの立ち話は苦手です。

 診察室に入ると、患者さんとはカルテを見ながらお話します。カルテは診察の度に記録しますから、それを見ることにより、今までの経緯を思い出しながらお話出来ます。診察室では患者さんの新たな訴えがあれば、そこで原因を考える思考回路に入ります。このように外来で患者さんを診察する過程は、コンピューターで言えば、ハードディスクとメモリーの関係にあります。カルテは記録媒体であるハードディスク、診察の時の私の作業はメモリー上の動作になります。従って診察が終了すると、その結果(診断、治療)はカルテに記録されるため、次にカルテを広げるまでは、よほどの気がかりな病状の人以外は私の記憶の中には残りません。もちろん全て忘れてしまうと、医師としての経験は蓄積されませんから、それらのうちから病気のエッセンスが取り出されて、知識と経験が蓄積されているものと思います。街中で患者さんから聞かれても、個人個人の病状、経過をなかなか思い出せないのはこういった理由です。

 実はこれと似た作業は、医者に限らず多くの職業で行っていることなのです。例えば弁護士は膨大な記憶力が要求されますが、やはり一人一人の案件は記録を見ながら行っています。ヒトの記憶は非常にあやふやで、本来忘れやすいものですが、それを補うために文字が発明され、記録という手段が出来ました。

 ところで記憶は、その動機付けが強ければ強いほど頭に残りやすいと言われています。テストの一夜漬けは、本来嫌なものを無理やり詰め込むので、テストが終わればすぐに忘れてしまいます。しかし花の好きな人は、多くの花の名前を知っていますし、鳥が好きな人はやはり多くの鳥の名前を知っています。そう考えると、認知症にならないためには、多くのことに興味を持って、いつも記憶の回路を回転させておくことが重要なように思います。

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